いまは「もっとも暗い時代」なのか?

毎日のように、どこかから、悪いニュースが流れてくる。
貧困や犯罪、暴力、そして戦争や気候変動。
世界は取り返しのつかない方向に進んでいるのではないか。
画面の映像を見ていると、そう思えてくる。

そうして、いまが「もっとも暗い時代」だという感覚に侵されていく。
しかし、この感覚は、事実に裏づけられているのだろうか。

スウェーデンの医師であり公衆衛生学者のハンス・ロスリングは、『ファクトフルネス』でこう語った。私たちは世界を悲観的に見がちだが、その多くはデータによって修正されるべき思い込みだ、と。

たとえば、1970年代には、世界の半分が極度の貧困状態にあった。
しかし、いまでは、その割合は10%未満にまで減っている。
乳幼児死亡率は過去50年間で半分以下に下がり、平均寿命は世界全体で延びつづけている。

教育や識字率も、多くの国で歴史的に見て、もっとも高い水準にある。

もちろん、課題も数えきれないほどある。
貧困や差別が根強く残る地域もあり、気候危機は待ったなしだ。
だが、進歩がないと感じるのと、実際に進歩がないのとでは、意味がまったく違う。
後者が事実なら絶望しかないが、前者であれば、認識を改めることで前に進める。

私たちが「最悪の時代」だと錯覚する背景には、報道やSNSの特性もある。
ニュースは改善よりも危機を強調し、瞬時に共有される映像は、世界の不安を日常的なものにする。
しかし、情報の鮮烈さと現実の全体像は別物だ。

数字と長期的な視点に立つことで、私たちはこの混同を正すことができる。
かつて、世界人口の大半が読み書きできなかった時代、女性が教育を受けられなかった時代、天然痘やポリオが命を奪いつづけていた時代。
こうした時代と比べれば、私たちの足元にある変化の大きさは明らかだ。

それを正しく認識することは、たんなる気休めなどではない。
問題の所在をより正確に把握し、どこに力を注げばよいかを見極める土台となる。

ロスリングは言う。
未来に希望をもつために必要なのは、バラ色の幻想ではなく、「正しい現状認識」だ。
問題の大きさも、改善の速度も、どちらも事実にもとづいて測らねばならない。
その視点があってこそ、対策は効果をもち、よりよい未来をつくりだす力となる。

悲観は、現状を見誤らせる。
楽観は、問題を見落とさせる。
私たちがもつべきは、そのどちらでもなく、事実から導かれる「根拠ある希望」なのだ。

執筆:芹沢一也(社会思想)